誰かの代わりをするということ

父親が亡くなってからもうすぐ7年が経ちます

亡くなってすぐは、とてもじゃないけど自分の身の回りもばたばたするので、
それどころじゃなかったのですけど

年月が経つにつれて、痛感するのはただ、
父親の生死に関わらない、その土地で未だ生きている人への義理や恩について……

尊敬という言葉は恥ずかしくて口には出さなかったけれども、
父親を多少なりとも、認めていた自分がいます

だからこそ、その人の意志を多少なりとも継いでいこうと思ったわけですが、
いきなりぶち当たったのは、親戚達の利己的な言動のみでありました

その土地での習わしなどだけを重んじて生きてきた人たちの中で、
僕が出来ることっていったい何なんでしょう

父の死は、ひとつのイベントでしかなく、
人が変わっても、同じように他の人たちの中では、
今までと変わらない時間が過ぎているのだと感じました

じゃ、誰かの代わりをするというのは、無意味なんじゃないか?

そう、もともと誰かの代わりなんて、誰も出来ないようになっているんですから、
自己満足や、それで満足してくれる身内のためにやっているのです

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